階段の手摺り

 階段を上ったり下りたりする時に、たまに手摺りのそばに物が置いてあることがある。県立芸術劇場の「宮崎国際音楽祭」の時には、階段の端に花が植えられたプランターが並べられていたりした。あれは、非常にじゃまである。
 私は少し右足が悪いので、階段を上ったり下りたりする時には右側に手摺りがないとこわいのである。特に下りるときには手すりが無いと、ゆっくりとしか下りることができない。左足が悪い人は、きっと左側に手すりがないとこわいだろうなあと思う。
 当然、最初から手摺りが片方にしかない階段は、とても使いづらい。上る時か下りる時の片方でしか、右側に手摺りがこないのである。全ての階段で、両側に手摺りがついていれば嬉しいのだが。

 「手摺りは、片方だけ使えるようにしておけばいいだろう」とか、「じゃまなら端を通らず、真ん中を通ればいいだろう」とかいうのは、足が悪くない(手摺りに頼らなくても大丈夫な)人の考え方である。手摺りがないとこわい人のことも考えて、階段の端には物を置かないようにしてほしい。
 先日、ある階段で、学生らしき女の子たちが階段の途中の手摺りから身を乗り出し、下にいる友達に手を振っていた。気持ちはわからなくもないが、手摺りのそばで立ち止まらないで欲しい。そこを避けて通る間、手摺りが使えないのである。

 考えてみれば、今の世の中は「弱い立場の人」や「迷惑を受けている側の人」が我慢を強いられることが多いような気がする。まあ、「強い立場の人」や「迷惑をかけている側の人」は、我慢させていることに全く気づいていない場合が多いから、しかたがないのかもしれないが。
 せめて、気づこうとしてくれれば少しは変わってくるのでは。・・・無理だろうなあ。
 
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